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2008年3月

2008年3月26日 (水)

砂糖の歴史

最も古い仏教典に、砂糖は薬のひとつとして紹介されていて、昔から身体への効果が認識されていたことがうかがわれる。
その後、インドの砂糖やサトウキビは、アラビア人によって西はペルシャやエジプトに、東は中国へと伝えられていき、日本には今から約1200年前の奈良時代、中国の僧、鑑真和上によって伝えられたという。当時の砂糖は貴重な薬として奈良の大仏にささげられたと言う説もあり、それから時を経て、砂糖を使ったお菓子が将軍たちの嗜好品としてもてはやされていきます。ヨウカン好きの足利義正に、コンペイ糖に目がなかった織田信長の逸話は有名です。日本で本格的に砂糖づくりがはじまったのは、江戸時代。徳川8代将軍・吉宗が琉球(沖縄)からサトウキビをとりよせ、江戸城内で試験的に栽培をはじめてから料理にも一層甘さが加わり美味しくなったとされています。また、和菓子の甘さも、この当時から技術が向上したとか???

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2008年3月25日 (火)

日本料理の歴史。

日本料理の歴史は、奈良時代・天武天皇の時に肉食禁止令・殺生禁止令が行われた事柄から考えてみると平安時代からの始まりだと推測する。其れは包丁作法に順ずる事から推測できるのではないだろうか・・・現在でも四条流と言う包丁式が存在するゆえで平安時代、四条城で行われたのではないかと言う説があるからです。その後、鎌倉時代には質実剛健の事から、寺の料理で道元禅師が精進料理を確立し、また武家料理も(三食主義)も確立された。室町時代に本膳料理。安土桃山時代には千の利休が茶懐石を確立。江戸時代・前期には鎖国もあり魚と野菜の料理が主のようでした。そして江戸時代後期に会席料理という形が確立されたようです。

本膳料理は日本料理の基本であり、会席料理の元祖といわれています。宮中で、あるいは冠婚葬祭など、ひとつの儀式として供えられます。そのため、礼式を重んじた非常に厳しい料理作法が定められています。現在でも、皇室の結婚式などのように、各界の代表を招待して行なわれる婚儀の宴は、まさしく本膳料理の流れを汲んで行なわれます。
本膳、二の膳、三の膳というように3つの膳と、7種(5種、3種の場合もある)の料理が配膳されます。さらに、与の膳と五の膳が加わります。(四は死につながるので、与の膳と呼んでいる) 合計3汁11菜で成り立っています。

会席料理とは、日本の代表的な饗宴料理であり、宴席で出される料理の総称をいいます。したがって、本膳料理や精進料理のように、料理の形式や内容を指すものではなく・・・会席料理には、本膳形式と茶懐石の流れを汲むものがあります。いずれも酒を楽しく飲むための料理として発展してきました。一品ずつ、できたての料理を配膳する喰切(くいきり)料理となっているのが特徴です。また、懐石とは、茶事や茶会の席で出す料理をいいます。元来は、「会席」の文字が使われてしましたが、江戸時代の半ば頃から「懐石」の字が当てられるようになりました。
 そもそも懐石とは、昔、禅宗の修行僧が、朝昼の2食しか食べなかったため、夜になると、空腹と寒さをしのぐために、温石(おんじゅく)を懐に入れていたことに因んでいます。
 茶会で、濃茶をおいしくいただくためには、あまり空腹ではいけないので、軽い食事(質素であり合わせの空腹をしのぐ程度の粗食)をとることになっています。
 箸の割り方、ご飯の食べ方、椀の持ち方に始まって、客同士の食べる順番、客と主人とのやりとり等、食事作法にいろいろ取り決めがあります。

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2008年3月23日 (日)

五味・五色・五法

本日は、日本料理の事について少し書いてみる。
若くして料理人を志し修行していた頃によく耳にしたことで、最近は余り聞かなくなったのか、言わなくなったのか、忘れられたのか定かではないが・・・
日本料理には、定式が有り五味五色五法というものがあります。
「五味」とは、甘、酸、辛、苦、それに鹹(かん)、鹹とは塩辛いこと。
「五色」とは、白、黄、赤、青、黒のこと。黒には濃い紫を含む。
「五法」とは生、煮る、焼く、揚げる、蒸すという調理法を指す。
生は生の食感を指し、世界の中でもこれほど複雑な定式があるのは
日本料理だけではないかと思う。
特に四季の素材の持ち味を生かしながら、味、香り、色を大事にし、春夏秋冬の季節感をも重視し、材料に気を配る日本料理は、「旬(しゅん)」を大切にし、どの料理にも、その季節の香りが入っています。季節を無視した献立は、日本料理とは認められないと言われるくらいです。時期的には、「はしり」「旬」「名残」のものがあります。「旬」とは、ものの味がもっとも美味しい時期のことを言います。とくに、「はしり」とは、市場で出回ったばかりのもの、「名残」は文字通りです。
 会席料理では、旬のものと同様に、はしりのものを使うことがあります。一方、懐石料理の方では、はしりのものを素材として使うことはほとんどありません。
さらに、料理を盛り付ける器も、料理によって或いは季節によって、色、形、材質について配慮し、文章の構成で使われる言葉で起承転結も日本料理に良く使われる言葉です。料理には物語があるという事も書き加えておきたいと思います。元々、五味五色五法は中国の陰陽五行や薬食同源の考え方を源流に、日本に伝わり、独自にアレンジされたもので、器用で工夫にたけた日本文化の中で一層磨かれたものが現在の日本料理ではないかと思います。
画像は、私の友人が料理長をしているのでお借りしました。Yachiyo

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2008年3月16日 (日)

寝台急行

先日のダイヤ改正で寝台特急「銀河」(東京―大阪)、他いくつかの列車の姿が消えた。私の子供の頃に走っていたのは蒸気機関車で、発車する時にはガタン・ガタンと車両の連結部の音がした。駅で乗り遅れそうでもデッキに飛び乗れる程ゆっくりした出足でした。その当時の紀勢本線には特急なく、急行・準急・普通の三種類だったと記憶している。其の後、昭和55年万博の年に大阪に出た時に駅で見た列車の多さにビックリしたのは今でも鮮明に覚えている。職人という職業柄、地方に仕事に出る事も多く、当時から寝台特急に乗ることもあり、その頃の事が今でも懐かしい。しかし、時代の流れには逆らいなのだろう。寝台特急の姿が年々少なくなってきた。今は、人の暮らしも時間に追われる時代で、何処に行くのも早くなければならないと言うか時間にゆとりが無さ過ぎるように思う。社会全体に時間の余裕がないのだろうか?? しかし、こんな時こそ時間にゆとりを持ちたいものだ。昔は、「友達と旅した時代や、恋人と旅行した時代、家族と旅行をした時代」を思い出し、たまにはのんびりと寝台特急で旅をしたいものですね。。。

参考資料・画像は、JR西日本オフィシャルサイトより・・・JR九州所有の14系で運転している、東京と九州を結ぶ寝台特急です。平成11年12月より併結運転を行っていた「さくら・はやぶさ」のうち、長崎発着の「さくら」が廃止となり、平成17年3月から大分発着の「富士」と併結運転しています。「はやぶさ」は鹿児島線経由で、「富士」も日豊線経由でそれぞれ西鹿児島まで運転していましたが、現在はそれぞれ東京~熊本間・東京~大分間の運転となっています。http://www.jr-odekake.net/train/Top 

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2008年3月14日 (金)

忘れかけてる小言・・・

昔の爺ちゃん婆ちゃんは口癖のようによく小言を言ってたものです。近年、家庭自体が各家族化になり昔のような小言を聞く事が少なくなっているのも今の世の中を語っているのかも知れない。

挨拶はきちんとしろ
朝きげんよくしろ
恩は遠くからかえせ
家業には精を出せ
働いて儲けて使え
ばくちは決して打つな
おおめしは食らうな
亭主はたてろ
初心は忘れるな
後始末はきちんとしろ
神仏はよく拝ませろ
何事も身分相応にしろ
水は絶やさぬようにしろ
戸締りに気をつけろ
自らに過信するな
怪我と災いは恥と思え
袖の下はやるな貰うな
書物を多く読め
火は粗末にするな
難儀な人にはほどこせ
風吹きに遠出するな
人には貸してやれ
貧乏は苦にするな
借りては使うな
義理は欠かすな大酒は飲むな
人の苦労は助けてやれ
年寄りはいたわれ
家内は笑って暮らせ
出掛けに文句を言うな
万事に気を配れ
泣きごとは言うな
女房は早く持て
人には腹を立てるな
先祖にはいつも手を合わせろ
不吉は言うべからず
病気はよくよく気をつけろ
・・・・・

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2008年3月 9日 (日)

外来魚

1925年、実業家赤星鉄馬がアメリカのカリフォルニア州からオオクチバスを持ち帰り、箱根の芦ノ湖に放流したのが最初とされる(約90匹)。これは食用、釣り対象魚として養殖の容易な魚であることから政府の許可の下に行われた試みであった。 1930年代、長崎県白雲池(1930年)、山梨県山中湖(1932年)、東京にある私邸の池(1933年)、群馬県田代湖(1935年)、兵庫県峯山貯水池(1936年)などへ試験的に放流 1936年、この時期までオオクチバスの分布は5県。 1945年~ 進駐軍(在日米軍)による部分拡散(相模湖・津久井湖など)。 1965年、芦ノ湖の漁業権を管理する神奈川県、ブラックバス(オオクチバス、コクチバスその他のオオクチバス属の魚をいう)およびその卵も含め、移植を禁止(神奈川県内水面漁業調整規則第30条の2)。 1970年代、魚食性が強いため、生態系(在来生物層)への影響およびこれによる漁業被害が問題視されるようになり、漁業調整規則で無許可放流が禁止されるようになったが、その後も人為的な放流により生息域を拡大。 いまや駆除どころの状態ではなくなった。20080309f40_4

参考・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

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2008年3月 8日 (土)

春の黄砂

今年も3月320080303000000 日、各地に黄砂が降り空全体がどんよりと濁ったようになり、視界も悪い。洗濯物もほこりっぽく黄色く汚れ、洗ったばかりの車も薄汚れてました。黄砂に含まれている石英などの二酸化ケイ素やカビの死がいなど含んでいるために、人体に吸入されるとアレルギーを引き起こすという研究者もいるが、何れにしても生き物には害であると感じる。花粉症の人にとっては、つらさも倍増だろうと思う。中国や韓国では年寄りの死亡率が高くなるという調査結果も出ているそうだが・・・対策の手を打たないのだろうか?? 我が国の環境省はモンゴルや韓国と協力して、飛散情報を出すようにしているが、肝心の中国が「気象情報は国家機密」として、情報提供を禁じていると言うからから困ったものだ。好景気に沸くのも良いが、いまに取り返しのつかないことになるのではと心配する。画像は気象庁黄砂情報から・・・次回は10日頃

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2008年3月 5日 (水)

新たな病原菌・・・

先日、農林水産省が発表しましたが、下記の菌が新たに発見されたようです。

速報 魚病情報 
アユのエドワジエラ・イクタルリ感染症(仮称)について

 新しい魚病の発生情報について、平成20年2月15日に農林水産省から発表がありました。概要は次のとおりです。

平成19年8~10月に東京都、広島県、山口県の河川で発生した。発生水温は20~26℃であった。
典型的な外観症状は見られない。
病魚から分離した「エドワジエラ・イクタルリ」という菌は、もともとアメリカナマズの腸敗血症の原因菌である。
アユのほか、ニジマス(海外の生け簀養殖の1例だけ)やナマズ類での自然発病例がある。
この病原菌は37℃では増殖しないことから、ヒトへの影響はない。

などです。詳細は農林水産省ホームページ(プレスリリース)をご覧ください。
 今まで日本で発生したことがない魚病ですので、アユなどでの発生に関して注意する必要があります。今後、アユやニジマスはもちろんその他の魚でも異常がありましたら、最寄りの水産試験場へご連絡ください。

上記文章は長野県水産試験場・技術情報の閲覧を添付しております。

http://www.pref.nagano.jp/xnousei/suishi/tecno/tecno.htm

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2008年3月 1日 (土)

月と潮汐

地球には月という、地球には大きすぎる衛星で、月の質量は地球の1/80。木星や土星には月より大きな質量の衛星もあるが、それはその衛星の母惑星の質量と比べれば1/数万というから・・・正に桁違い。母惑星の質量と衛星の質量比がこんなに大きな衛星は、地球の月と冥王星の衛星カロンだけだそうです。
この大きな月を持つため、地球はこの月からいろいろな影響を受け、その最たるものが潮汐です。潮汐というと難しそうですが、要するに海の潮の満ち干を起こす現象で、地球と月はお互いを引きつけあう引力と、軌道を巡る速度によって生み出される遠心力が釣り合っているため、墜落することもなく離れてしまうわけでも無くこの引力と遠心力のバランスは地球全体で見れば釣り合っているのですが、地球上の特定の部分についてみてみると引力が強かったり、遠心力が強かったりしてバランスがとれていません。これがこの「引力 - 遠心力」が潮汐を起こす原因で、潮汐力あるいは、起潮力と呼ばれてます。このことからわかるとおり、潮汐力はそれを引き起こす元となる天体の方向と、その正反対の2方向で最も強くなります。月が引き起こす潮汐は月を真上に見る位置と、その地点のちょうど地球の裏側の地点で最大となると言うわけで、満月・新月の時期は月と太陽の潮汐力が強めあう位置関係にありますので、通常より大きな潮汐が起こります(大潮)。これに対して半月の頃は月と太陽の潮汐の方向が90°ずれるため、潮汐は小さく(小潮)なります。鮎の遡上も今まで数年見てきた中では大潮の日には沢山上がる日が多かった。子供の出産も潮の満ち干きも関係が有るとか??考えれば考えるほど頭がおかしくなるのです。
Aridagawa60

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